第2話 続・蒸気船の時代

1830年10月、新型蒸気船「Dampfschiff Stadt Mainz」が製造開始。
旅客輸送量こそ僅かに先代に劣るが、出力(Leistung)は先代の2.6倍で、帆船の1.2倍。
いよいよ交通革命始まったな、って感じ。

多分後世の歴史家は、蒸気船の到来を(第一次)交通革命と呼び、帆船の時代は第0次とでも言うんだろうけど、それでもやっぱり帆船の時代を俺は認めたいので、第二次としたい。


それに加えて、郵便蒸気船も登場。郵便帆船の輸送量は旅客帆船と比べて高かったので、出力としては旅客帆船に劣るものの、輸送量は1.3倍の150個。上流系統を中心に転換していきたい。


貨物蒸気船の牽引力も抜群だ。
ついに1台当たりの輸送量が馬曳船を超えた。
ついにこの時代が来ようとは。


木材(Nutzhorz)系は第二世代の蒸気船がないので製造終了後は…
って、お前連結できたんかい

いかだ(Floß)にはもうちょいお世話になる…かも。


Augsburgとマイン川方面の接続も兼ねて、アルトミュール川上流の開発と、こちら側に第二マイン=ドナウ運河を建設。
Ansbachを作ったところ、地理的にもうちょい東だと判明したのでLeutershausenに改名しておいた。


Münchenの精肉工場では石炭が不足しており、求める生産量の半分しか生産できていない(スクショ時点では生産しているが)。

そこで豊かなルール炭田からの接続を進めたい。
…と思ったが、検討にとどまった。
理由は南部の炭田からルールの製鉄所に石炭が輸送される危険性があり、それを融通できる兵站(Logistik)があるか、という点であった。
帆船と馬曳の時代では不可能だったかもしれない。
しかし、蒸気船の時代ならできる。
ということでやった…が、最初の1年くらいは生産量が落ちる結果に。


丸1年かけて、ようやくMünchen郊外のFreiburgを通過。長い。
でもこの融通が上手くいけば、稼動効率が上がるはずだ。


ガラス瓶の製造が追いつかないのでガラス工場を増設。
これができるのはありがたい。

第3話 アルプス山麓進出

ホームに戻る
「ちや14歳」ホームに戻る